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「ラオ先生のやさしいインド占星術−入門編」

 

 

 

 

 

 

ムシャラフの宣誓式チャートが予言した失脚
KNラオ

2007年11月29日
by K.N.Rao

2008年8月20日、パキスタン大統領ムシャラフが辞任した。2007年11月に彼が市民大統領として宣誓した時点で、彼の失脚はすでに明らかであった。これはKNラオが2007年11月に書かれた記事である。内容は的中した。


KN RAO 21 August 2008, 9:35 AM

(民間人のパキスタン大統領としてムシャラフが宣誓した時のホロスコープに関するこの分析はいままでアップしないままにしてあった。国家のチャート[いわゆる建国図]に次いで、国家のトップの宣誓式のチャートは、国家の命運を分析するうえで大変重要である。宣誓式のチャートの重要性がここでも証明された)

今日( 2007 年 11 月 29 日 11:54am )、ムシャラフが民間人大統領として宣誓を行った模様がテレビで中継されたが、そのときの天体配置は大変悪い。

軍の独裁者があえて民間人大統領となるというのは、あのアウランゼーブ帝が最も偉大な統治者とされるパキスタンにおいて、あのアウランゼーブ帝の残虐をすでに二人の独裁者が繰り返したパキスタンにおいて、それじたい大変なリスクであり、大変不思議でもある。

ムガール帝国には長男が父親を継ぐという規則や慣習はなかった。アウランゼーブ帝は兄弟さえも殺害した。その中には、長男のダーラ・シコーも含まれていた。ダーラ・シコーはまず目をつぶされ、殺される前にロバに乗せられて市中を引き回された。

パキスタンといえば、アウランゼーブ帝のような残虐が繰り返されることで有名だ。一人目は、シア・ウル・ハク 、そして二人目は、ぺレス・ムシャラフだ。

インド政府RAW を引退した故BV. ラーマンの分析は秀逸であった。ラーマンは、ムシャラフについて彼のアウランゼーブのような所行の描写から始めた。

「ナワツ・シャリフは、ムシャラフは上官に対して忠実であり続けるだろうと思って彼をトップの座に据えた。しかし彼のそうした判断は、 1976 年におけるブット首相の判断と同じく間違いであった。ブットも、シア・ウル・ハクを上官二人の頭越しでCOAS に任命した。シアをトップに据えて間もない頃、パキスタンに訪れたイランのシャーに対して、ブットはシアを次のように言って紹介した。『私の軍のトップにお会い下さい。彼は私に二心なく忠誠を誓っています。立てと言えばすぐ立ちます。座れと言えば座ります。敬礼をしろと言えば敬礼をします。彼がトップなので、軍隊は安泰です』。シアはブットに向かって決まり悪そうに笑いながら敬礼した。しかし 1977 年、シアはブットーを失脚させ、 1979 年、ブットーを絞首台に送った。」( Musharraf Minus Uniform, Outlook, November 2007 )

パキスタンの歴史では、軍隊は人食い人種である。つねに人肉を探しまわっている。今回の場合、その対象は民主主義を標榜する政治家ムシャラフである。制服を脱いだムシャラフは、後継者のアシュファク・キアニの手中にある。


ムシャラフの宣誓式図


パキスタンは2008年1月に総選挙が予定されている。それは、ムシャラフに敵対し弾劾しようとする議会を押さえ込むことになっている。そしてムシャラフは非常事態令をすぐに撤回しなければならない。軍隊はキアニに忠誠を誓うかも知れず、失脚の危険がある。しかしおそらくそれは、ムシャラフがシャリフを1999年10月12日に葬り去ったときほど暴力的ではないかも知れない。

政治学者はまず神政国家において民主主義が可能なのかどうかについて議論すべきである。とにかくパキスタンは神政国家なのである。統治原則は宗教であり、市民の法ではない。宗教の教義にのっとった政府なのである。他宗教と女性には反対の立場をとる、こえがイスラムの宗教である。

パキスタンを愛し、同時に民主主義のチャンピオンを自認し、司法の独立と市民権を有するこの国が、イスラムのままであろうとするパキスタンに対して、ムシャラフの後釜にだれを望んでいるのか、はっきりしていない。

イランやサウジアラビアの憲法は、インドが当然として受け入れている民主主義を拒否している。これぞ真の孤立主義であり、パキスタンもそうなのだ。

このような背景を念頭にムシャラフの宣誓式のチャートを見ると、 10 室の支配星は減衰し、6 室で逆行する火星からアスペクトされている。土星は8室に在住し、10 室にアスペクトしている。

ムシャラフの身は2008年1月以降、安全ではない。

冷戦当時、パキスタンは合衆国の傀儡であった。インドはどちらかといえばソ連に傾いていた。インディラ・ガンジーの時代、1971 年にソ連との間で調印された友好条約の後、インドは中立のフリをしていながら、明確にソ連ブロックに組み入れられていた。

しかし2007年の世界政治の変動のなかでアメリカはパキスタンに無理難題を押しつけた。それは、本来イスラム国なら受け入れるべきジハド(聖戦)を相手に、破壊的で非イスラム的な戦争をパキスタンが仕掛けることであった。

パキスタンはジハドを受け入れることはしなかった。もしテロとの戦いという名目でアメリカから大量の経済支援を受けなければ、パキスタンは経済的に破綻していたからだった。

アシュファク・キアニ将軍にとってさらに問題なのは、タリバンとの休戦をどうするかである。もしキアニ将軍がそれを受け入れるなら、対テロリスト戦争は止まる。もし彼がそれを受け入れなければ、 2007 年にムシャラフが抱えた同じ問題を抱えることになる。

ムシャラフは言った。「アメリカには、非現実的で実行不可能な民主主義、人権、市民自由権というこだわりがある」「アメリカのこだわりに付き合って、国家の安定と成長を犠牲にすることはできない」

真実は、インドと違ってパキスタンには民主主義があったためしはない。パキスタンを生んだのはイスラムの狂信主義である。ホロスコープを見ても民主主義の継続は読み取れない。それが、市民大統領となったペレスム・シャラフの危険である。もし アシュファク・キアニ将軍が第 3 のアウランゼーブ帝となったら、ムシャラフが 1999 年にシャリフに対して行ったのと同じことをムシャラフがされるだろう。ムシャラフはそれを知っているはずだ。

パキスタンには3つのパワーセンターがある。ひとつは軍隊である。これはずっと権力の中枢にあった。次は市民大統領である。これは現在揺らいでいる。そして、選挙で選ばれた代表者たちである。影に隠れてアウランゼーブになり代わろうとしているのは、これら3つのうちどれなのか?

(29 November 2007)

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